住む場所が変わると、何もかもが変わるアメリカ

西海岸シアトル近郊から、東海岸のバージニア州に引っ越ししてきてから1ケ月が経った。新型コロナウイルスの影響はもちろん、バージニアは35度以上の暑さにしょっちゅうなるために、周辺探索もそれほどできないのだが、そんな状況下でも新しいご近所さんとは仲良くし始めている。
先週末も「ソーシャルディスタンス・バーベキュー」なるものがあったので参加したが、土地柄、政府勤めの人が大多数なので、話はおのずと政治の話に。15人ほどいた人たちの中でリベラル派は皆無、保守・共和党支持者だと言い切った人も1人しかおらず、あとは「分断が酷いからこそ、大手メディアに惑わされずに中道に努めようとしている」という感じの人ばかりだった。
バージニア州はこうした「あからさまな中道派」が、シアトルよりも多いのは明らかなようだ。「あからさまな中道派」というのはつまり、自分が中道であることを隠していない人のこと。
米西海岸であっても、私が住んでいたのはシアトルのように「ほぼ真っ青(民主党、リベラル)」というわけではなかった。むしろ数としては中道派が多かったと思う。しかし、真隣のシアトルがあまりにリベラルなので、表立って「私はリベラルではないので」と言える雰囲気はあまりなかった。
しかし、ここは違う。なんとなく、すべてにオープン。そんな感じのコミュニティは正直、気楽だ。住む場所が変わると、常識が何もかも変わることを改めて実感中である。
Junko、君の顔は日本人にしては黒すぎる
私たち一家は、コミュニティの「新入りメンバー」なので、その日もあれこれ質問の総攻撃を受けた。なかでも笑えたのは、「Junko、君はいったいどこ出身?」という質問。私が逆に「どこ出身に見える?」と聞いたら、大半が日本人あるいは韓国人だと答えた。しかし、なぜかそのうちの4、5人が「フィリピン人でしょう?」と答えた。
なかでもNASAでエンジニアをしているというジャックさんという黒人男性は「Junko、君はフィリピン人に違いないだろう? 僕の元ワイフもフィリピン人だったので、よく分かる」と自信満々。私が「日本人だ」と言うと「まじかー? You are ’Made in Japan’, Wow! それにしても日本人にしちゃ、君の肌の色は黒すぎるな。俺とお揃いだ、ははははー!」と、文字通り呆れるくらい大きな声で豪快にそう返した。
私は周囲を注意深く見た。全員、爆笑している。しかも、そこにいた白人の男性の一人がジャックさんに、「おい、君の場合は真っ黒だろう?」と言い返している。誰もそれを気にしていないし、そこでさらに笑いが起こる…‥。
私は呆然としてしまった。
ポリコレは、ジョークだ!
こんな会話は、シアトル近郊では「絶対にありえない」と断言できる。なぜなら、このやり取りのすべてが、ポリティカリー・インコレクト、つまり「ポリコレ無視」だからだ。この軽快すぎるジョーク連発は、シアトルでは「冷や汗の連発」になりかねない。
他人を名指しして「Made in Japan」などと言うことは、そもそもポリコレ的にはあり得ない。しかも、人の肌の色を指して「君は日本人にしては黒い」などと黒人が言うことも、その黒人に向かって誰かが「お前の方が黒い」などということも、考えにくい。リベラルな地域では、この会話につられて笑うことすら、たぶん出来ないだろう。
私が困惑気味の表情をしたのに気づいた黒人女性が、「Junkoはシアトルの人だから、刺激が強かったかしら? でも、あなたの出身国や肌の色でジョークを言っているわけじゃないのよ」と取り繕い始めたので、「いやー、何も気にしていないし、面白すぎて笑いたい反面、確かにリベラル州ではこの会話は成立しないと思ったら、思考が固まったのよ。アメリカって、やっぱり地域により様々だと実感したわ……」と答えると、例のジャックさんがここでまた「ポリコレなんて、ジョークだ!」と一喝。ちなみに先ほど一人だけ「自分は共和党支持者」と回答した人がバーベキューにいたと書いたが、それは何をかくそうジャックさんなのである。
熱心な共和党支持には黒人もいる
このエピソードは、アメリカの隠れた多様性の奥深さを物語っている。総体化して黒人がすべてリベラル主義であるかのような報道が結構見られるが、本当はそういうわけではないし、熱心なトランプ大統領支持者にも黒人はいる。性差、肌の色、宗教背景、移民であるか否かを語る際、メディアがひとたび報道すると、ステレオタイプにはめられがちになってしまうが、なかには同じ背景をもっていても他とは違う考えをする人もいる。そして、そうした「例外」の声は、なかなか届かず見落とされてしまう。
私自身はキャリアの関係でも、リベラル主義の恩恵もたくさん受けてきた人間だと思う。舞台の仕事も多くしているので、目の前で多くの人の多様性が認められるようになったことも、マイノリティと呼ばれる人が生きやすい時代になったことも、素晴らしいと思っている。そうした環境を作るのに、リベラル的発想は何よりも大きな力を発揮したことは間違いない。だからそれ自体を悪く言うつもりは毛頭ないが、それでもやっぱり現代アメリカのリベラル主義は、間違った方向に進んでしまっている気がしてならない。それはメディアとあまりに一体化しすぎて「自分達の常識以外に例外は認めない」という強硬な姿勢を崩さない点だ。
本来、多様性を重んじるはずなのに、今やリベラル・メディアは自分たちの認めたい多様性以外は、見ようともしない。それに疲れ切ってしまっているリベラル派の市民は、実は多いように思えてならない。
ポリコレもマイルドで、言いたいことを言い合いながらも差別もなく、みんなが共に笑い、自分を自虐しても問題にならず、分かり合おうとするコミュニティは、やっぱり心地よい。ジャックさんには会うたびに「お前、本当はフィリピン人だろう?」と言われ続けているので、「 I am "Made in Japan"」と言い返すようにしているが、この会話は不快どころか、結構楽しいものである。
<メディアが報道しないトランプ大統領の基礎知識>
Junko Goodyear著
アメリカで感じる静かな「パープル革命」の進行とトランプ大統領誕生の理由