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プロ選手たちが次々と試合をボイコット
米ウィスコンシン州で無抵抗の黒人男性ジェイコブ・ブレークさんが警察官に銃撃された事件を受け、昨日(日本時間27日)同州を本拠地とするNBA(プロ・バスケットボール・リーグ)のバックスが試合をボイコットした。それを受けてNBAリーグ全体、MLB(プロ野球)の複数チーム、プロ・サッカーリーグ、テニスの大阪なおみさんらが次々と声明を発表し、試合をボイコットした。
ちょうどその頃、私はMLBシアトル・マリナーズの監督ビデオ会見に出席するための準備をしていたのだが、直前に「今日の監督会見は延期」という連絡が届いた。そのメールを読んで、「球団は一体、どんな声明を出すのだろう」と思った。シアトル・マリナーズはリーグ内で最も黒人選手が多いチーム(40人中、11人)だが、経営陣も上層部もみんな白人だ。ファンも含めて、誰もが納得するようなメッセージを短時間で発表するのは簡単ではないはずだ…
黒人選手のひとり、ゴードン選手のツイッター
同チームに所属する黒人選手のひとり、ディー・ゴードン選手は、「Black Lives Matter」ムーブメント(通称BLM)が注目されるようになるずっと以前から、地域や子供たち、虐待被害にあった女性たちを援助する数々の社会貢献に力を入れてきた。その活動とは直接関係ないが、彼はイチローが引退したとき、地元シアトルの有名紙を1ページ自腹で買い取って、イチローの米野球界への貢献と自分の感謝の気持ちを綴った長い手紙を掲載して、外国からアメリカへ渡ってきた「イチローの素晴らしさ」をシアトル市民に伝えた選手でもある。
そのゴードン選手は自身のツイッターにこう書いた。
この国にはいくつかの重大な問題がある。僕と、何人もの僕のチームメートにとっては、不正(不法、不公平)、暴力、死、そして制度的(習慣的)な人種差別は、自分たちに深く関わる問題だ。これは僕らのコミュニティーだけでなく、僕の家族や友達に直接的な衝撃を与えることなのだ。僕らのチームは匿名で投票をして、今日の試合をボイコットすることになった。僕らの試合を観る代わりに、今ここで起きている、スポーツよりもっと重要なことにみんなが集中することを願っている。
球団はどんなメッセージを出したのか
監督会見が中止された約2時間後に、マリナーズは下記の声明文を出した。
シアトル・マリナーズ球団は、選手たちが本日の試合への不参加を決定したことを尊重します。シアトル・マリナーズ球団は、われわれの選手たちが社会的不公正(ソーシャル・インジャスティス)に反対して発言したり、行動することを支持します。
— Seattle Mariners (@Mariners) August 27, 2020
同球団は、BLMムーブメントに対する自分たちの考えを長々説明するのではなく、「選手たちが決めたことをサポートする」というシンプルな声明を出した。
いろんな人種が暮らすアメリカには、いろんな人種のファンがいて、すでにSNSを賑わせている「スポーツ選手は、スポーツだけをやるべきだ!」、「スポーツと社会問題を混同するな!」と憤慨している輩もいる中、かなり明確なメッセージだった。
案の定、BLMを支援するマリナーズに反対する野球ファンたちでSNSは炎上。ボイコットから一夜明けた今日の同球団の監督記者会見でも、アメリカ人の記者からそれに関する質問が投げかけられた。
スポーツと社会問題を一緒にするなという声に対して
「プロ・スポーツ選手はスポーツだけに集中すべき!という声がたくさん上がっているが、それについて監督はどう思うか?」という問いに、同チームのサービス監督はこう回答した。
「彼らはプロ野球選手である前に、ひとりの人間だ。その彼らが、今この社会で起きていることに対して、チェンジを呼びかけるために行動したいと監督室に来た。だから、まずチーム内でしっかり話し合い、その結果、選手たちは行動を起こした。私はそうすることに決めたチームを誇りに思っている」。この炎上を監督が知らないはずがないだろうが、とても柔らかい表情だった。
サービス監督は白人だ。
アメリカでBLMムーブメントの勢いが増している中、異なる人種からなる組織を率いる白人リーダーは非常に大変だという話を最近は頻繁に耳にする。白人のリーダーが、ポリコレに触れずに全員と平等に接しながら、黒人のメンバー(この場合は選手)とBLMムーブメントを支持するかしないかの議論をするのは、想像するだけでも難しそうだ。
白人の彼はどのように、黒人の選手たちと心を通わせる努力をしているのだろう?
聞きたいことはたくさんあるが、繊細な話題だけに質問の仕方やタイミングに気をつけなければならない。アジア人、しかも外国人の私が人種問題について質問したら、どう思われるだろうか等と考えていたら、アメリカ人の別の記者がその質問を投げてくれた。
5月のフロイド事件以来、同監督はチームのリーダーとして「黒人の歴史を誰よりも勉強しなければいけないのは、自分だった」ことに気づき、たくさんのドキュメンタリーを見て、関連書を読み、ポッドキャストを聞き、セミナーに出席して、アメリカにおける黒人の歴史を勉強しているそうだ。
そして自分やコーチ陣、そして白人の選手たちも、「今、この国で一体、何が起きているのかを知ろう、学ぼうとしている。チームミーティングでも頻繁にこの問題を取り上げ、黒人のチームメイトがどんな経験をして、どんな想いをしているかを、人種が異なるチームメートに話し、それを聞いた者たちは自分ごとに感じられるように落とし込もうと努力を重ねている」と話していた。
プロスポーツ選手がアクションを起こす意味とは?
アスリートたちが社会的な問題に抗議することは、その問題に大衆の注目を集めるためには非常に有効だと思う。
大事なのはそのあとだ。問題提議はしたが、次に何をすべきか、「どうすれば、チェンジできるのか?」がわからないと、ボイコットやデモ行進だけで終わってしまう。
その問いに答えるように、同監督はこう言った。
「どうやって状況を変えるのか? まずはみんなが状況を学ぶことが、問題を変えるきっかけになるはずだ。うちのチームでは環境が異なる相手の話を聞くミーティングを重ねることが、人種を超えたチームメートの絆を強くした。こういう話し合いが他の団体や地域にも広がれば、相手の立場や気持ちを思いやれる社会に繋がるかもしれない」
同監督は、"Do the right thing”と言った。
でも、BLMを支援をするマリナーズのことを批判する複数のファンも、“Do the right thing”と書き込んで、ボイコットはプロとして無責任だと責めた。
もしかしたら、BLM支援者を昨日2人も射殺した17歳の白人の男の子にとっては、あの殺人は“Do the right thing”だったのかもしれない(そんなことは信じたくもないが)。
誰かの正義は、他の誰かにとっても正義だとは限らない。
だからこそ、自分とは異なる環境にいる相手の話を真剣に聞いて、それを自分ごとのように落とし込める深い共感力や、物事を俯瞰できる力が、これまで以上に必要とされる時代なのだと思う。
アメリカは激動している。でも、私にはそれがアメリカだけに限った話だとは思えない。