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「スペースX」で働き始めたよ!

 私がシアトル近郊の子供の劇団で理事を務めていた際(現在も顧問で仕事はしている)、そこの同僚だった友人の息子さんが、昨日からイーロン・マスクが率いる「スペースX」で働き始めた。彼もかつて劇団員だったこともあって、個人的にも良く知っている。

 彼は宇宙工学を学ぶ学校としては世界のトップ校のひとつ、Embry-Riddle Aeronautical University を卒業した後、ミシガン大学の大学院に進んだ。しかし、スペースX社から直接の誘いを受けて、12月に急遽大学院を中退。幼い頃からの夢だった「ロケットをつくる夢」を叶えるべく、エンジニア(正確にはBuild Reliability Engineer)としてのキャリアを歩き始めることとなった。

 彼の名は、イーサンという。小学校の頃から「宇宙の仕事をするのが夢」と言い続けていたらしい。地元では長い間、有名な演劇少年だったので、彼がEmbry-Riddle Aeronautical University に入学を決めた時には「あのイーサンが、将来NASAのサイエンティストになる第一歩を踏み出した」という新聞記事にまでなったほどだった。だから、今回イーサン自身が「スペースXで働き始めたよ!」という案内をFacebookにポスティングした途端、劇団所在地でもあるキットサップ郡は大騒ぎに。きっと数日以内には地元の新聞にイーサンのインタビュー記事が掲載されるに違いない(笑)。

後輩たちに宇宙を語る、イーサンの夏

 イーサンと初めて話したのは、2013年の秋だった。彼は当時まだ高校生で、子供劇団の舞台に立っていた。私は理事になる前で、彼が出演していた『アニー』の千秋楽を観客として見に行ったのだが、舞台が終わった後、イーサンに「あなた、本当のおじさんにしか見えない演技力だったわ!」と声を掛けたら、なぜか大泣きされてしまったのだった。

 彼が演じていたのは、アニーを最後に養女に迎えるウォーバックスという大富豪の役。千秋楽だったのも手伝って感極まってしまったらしいのだが、彼にとってそれは「役者」としては最高の誉め言葉だったらしい(笑)。のちに彼のお母さんと親しくなって家族ぐるみの付き合いになったが、本当に素敵な青年なのだ。

 大学に進学後もイーサンは夏休みになると、地元に戻ってきては後輩の劇団員たちのために、ひたすらボランティアをしていた。夏になるとたくさんのワークショップが開催されるので、最近ではそれを仕切る中核的存在にもなっていた。ミュージカルのことだけでなく、彼が話す宇宙の話は本当に面白くて、子供たちは毎年のようにその話に聞き入った(大人も夢中で聞いてしまうくらい)。劇団のボランティアをした後、彼は街のダイナーでアルバイトをしていたが、あまりに面白い彼の宇宙の話の続きが聞きたくて、そのダイナー中が劇団の子供たちと引率者たちで毎日溢れかえるようになっていた。ダイナーのオーナーは「イーサン、働かないでいいから、ずっと宇宙の話をしてくれ!」と言っては苦笑いしていた。そしてそれがポールスボーという小さな町の風物詩にもなっていた。

夢は想定外でいい。人生は規格外のほうがいい。

 イーサンにはFacebookでお祝いを伝えたが、その後、彼の母親にも「おめでとう」とメッセージを送った。すぐに彼女から電話があり、久しぶりにいろいろと話した。彼女は看護師をしているが、身体の不自由なご主人を支えることで、ちょっと大変なことがあったという。コロナ禍で、ご主人の介護を手伝ってくれる人の数が足りなってしまったのだ。仕方なく自分が仕事の量を減らして介護の時間を増やすことを決めるなど、人生の選択を迫られているタイミングで、息子イーサンのスペースXのスカウト話が浮上したという。

 イーサンは迷わず、スペースX行きを決めたが、彼女は「寝ても覚めてもNASAの話しかしないような子で、そのために大学院に行ったの。今回の件はとても名誉な話だけれど、多分、経済的なこととか、彼なりに親を気遣ってくれた部分もあるのだと感じる」と話してくれた。誇らしいの半分、親としてはちょっと後ろめたいの半分。そんな風に胸の内を教えてくれた。

 その後、今度はイーサンが電話をくれた。何百人もの人が彼にお祝いを言っているはずなのに、母親経由でお祝いを言った私にまでわざわざ連絡をくれたのには驚いたが、彼はそういう人なのだ。私の娘たちも劇団に所属していたので、彼にとって彼女たちは自分の後輩。しばし娘たちの話などをした後に、「てっきり、NASAに行くんだと思ってたよ。」と言ってみた。「そうだね」と答えた彼は、数秒間、沈黙した。

 「大学院を中退する決断は、簡単ではなかった。いくら良い話と分かっていても、すぐには飛びつけず、2週間悩んで熱まで出したよ。でも気づいたんだよね。思い通りに夢を歩くこと以上に、与えられたチャンスに挑戦することが大事な時もあるって。」

 「そうだね、想定外の道を歩くと、いろんな景色に出会えるものだものね」と私が返すと、彼は笑いながら、こう答えた。

 「うん。規格外で生きているボスの率いる会社だから、予想外の景色に出会うことは間違いないよね。でも、宇宙はとてつもなくデカいんだから、そもそも宇宙を語るなら規格外の発想でいるほうがいいんだよ、きっと。だから僕は、イーロンの会社に行くことを決めたんだ。大学院を出てNASAに行くという予定していた夢はなくなったけど、それだって今後どうなるかわからない。夢は想定外でいい。人生は規格外でいいんだ!」

 本当にそう思う。若い人が、夢ある道を自らの意志で歩こうとする姿は、かくも美しいものなのか。イーサン、がんばってね。あなたは私たちの希望。そして、小さな町全体が、あなたを誇りに思っていると思う(まじに)。

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