裁判所

最高裁の均衡が崩れると「ロー対ウェイド」は必ず覆るのか

 アメリカの大手メディアの報道を鵜呑みにするなら、「トランプ大統領が任命した反中絶派でカトリック教徒のバレット判事が最高裁判事に承認されたら、人工中絶が違法化される」と誰もが思うだろう。しかし、これは共和党大統領が最高裁判事を任命するたびに、民主党が使っている”脅し作戦”にすぎない。特に、今回の任命は大統領選の直前であるため、民主党と大手メディアが意図的に人々の恐怖心を煽って反トランプ票を増やそうとしているように見える。

 リベラルを自認する民主党は、臨月の女性の中絶権も認めている。ボーン・アライブ法案(中絶手術中に間違って生まれてきてしまった赤ん坊を助けることを義務づける法案)も拒絶した。そして、この1カ月間は連日連夜、「カトリック教徒で反中絶派のバレット判事が承認されたら、最高裁はロー対ウェイド裁判の判決を5対4で覆し、女性の中絶権が奪われてしまう!」と訴えている。(※ロー対ウェイド裁判とは、それまでアメリカ合衆国で州ごとにまちまちだった中絶に関する法律を連邦政府レベルで統一して、妊娠中絶を女性の権利と認め,人工妊娠中絶を不当に規制する州法を違憲とする連邦最高裁判所の判決がくだされた1973年の裁判)

 これは大嘘だ。実際には、もしロー対ウェイド判決が覆されたら中絶権が合衆国憲法で保障された権利ではなくなり、州レベルでの判断に任されるだけであり、違憲になるわけではない。たとえば自家用車を所有することは、合衆国憲法に保障された権利ではないものの違憲ではなく、どの州にも自家用車の所有を禁じる州法が存在しないため、自家用車を所有していても投獄されない、ということと全く同じだ。

 ロー対ウェイド判決が覆される可能性はゼロに近く、万が一それが覆されて米南部の数州で中絶が非合法化されても、民主党に巨額の献金をしている投資家のジョージ・ソロス実業家のマイケル・ブルームバーグ人口削減を望むビル・ゲイツなどのビリオネアーたちが中絶を望む女性を助け、近隣州の中絶クリニックで安全に中絶させてくれるはずだ。

 しかし、左派の人々は、メガフォンを持つ民主党と大手メディアの作為的な情報に惑わされて、バレット判事を本気で恐れている。

リベラルな民主党が政権を取ると、保守派はすべてを失う

 一方、保守派は中絶問題を信仰の自由という観点から見ていて、最高裁が左傾した際に、臨月の女性に中絶手術を施すことを拒否するカトリックの医師や看護婦が投獄されることを恐れている。 

 オバマ前政権は、オバマケアーで義務づけられた従業員への避妊薬提供を拒否したカトリック尼僧慈善組織「リトル・シスターズ・オブ・ザ・プア」に巨額の罰金を課して潰そうとした。この「リトル・シスターズ・オブ・ザ・プア」の件は、トランプが大統領令を発して罰金を止めた。しかし、このことから民主党が政権を取ったら反中絶派の医師が投獄されることも十分あり得ること、またコート・パッキング(注:最高裁判事の数を15人あるいは17人に増やして、常に民主党判事が多数派であるようにする作戦)が実行されたら、中絶権を重んじる左派判事たちによってアメリカ全土で宗教の自由が損なわれることを保守派は心配している。

 つまり、バレット判事が就任し、万が一ロー対ウェイドが覆されても、民主党が強い州で中絶はできるが、民主党が政権を取ってコート・パッキングが実現したら、アメリカ全土で左派の方針が実施され保守派は逃げ場がなくなる、ということだ。トランプの勝利によって左派が失うものはメンツとプライドだけだが、民主党の勝利によって保守派が失うものは、宗教の自由のみならず、銃所持権、不法移民流入に反対することなど、計り知れないのである。

判事の信仰心を糾弾されると他宗教の人も不快に

 バレット判事は、「個人的には中絶反対派でも、裁判では個人の信条とは無関係に憲法のみを基準にして判決を下す」と断言している。しかし、民主党と米大手メディアは、「信仰心のある人間は判事になってはいけない」と言わんばかりの口調で、バレット判事の信仰心を糾弾し続けている。

 米大手メディアは、バレット判事が所属している「ピープル・オヴ・プレイズ」というカトリックの組織を、「神への服従と家父長制度を教え、中絶や避妊を拒否し、家族の価値を重んじて子沢山を称え、リーダー格の人物が結婚相手に関するアドバイスを与える時代錯誤で封建的なカルト集団」だと批判している。

 民主党と米大手メディアには無神論者や無宗教者が圧倒的に多く、彼らの多くは信仰心を持つ人の気持ちが理解できない。福音派キリスト教徒、すべてのムスリム、多くのヒンズー教徒も神への服従や家父長制度を支持し、妊娠中絶に反対し、家族の価値を重んじて子沢山を称え、リーダー格の人間が結婚相手選択時にアドバイスを与えるという伝統を大切にしている。また、中国系、東南アジア系にも、家父長制度や長老が結婚相手の選択過程でアドバイスをする伝統を守っている人々がたくさんいる。そのため、民主党と米大手メディアが「ピープル・オヴ・プレイズ」を「女性の権利を認めない時代遅れのカルト集団」だと罵倒するたびに、福音派、ヒスパニック(ほぼ全員がカトリック)、ムスリム、ヒンズー教徒、アジア系の人々は、自分たちの信仰心や風習が攻撃されているように受け止め、民主党から遠ざかっていくのである。

 特にムスリムは、信仰の自由を軽視する左派判事が最高裁を牛耳るようになれば、たとえば「同性愛者の結婚を祝すメッセージ付きのケーキは作らないと拒否したケーキ職人」が投獄されたり(注:数年前に裁判になったケースを例にしている)、「豚肉料理を出すことを拒否するムスリムのレストランが罰を受けるかもしれない」などと民主党が推すコート・パッキングを恐れている。

 福音派と保守派の白人カトリック教徒はもともとトランプ支持者だが、バレット判事が指名されて妊娠中絶と信仰の自由に焦点があたったことで、トランプの人格を好まず民主党に投票しようと思っていたカトリック信者や、本来は民主党派であるヒスパニックやムスリムの票がトランプに流れる可能性も出てきた。信仰の自由を重視する人々の票が、今回の選挙にどれほどの影響を与えるかをしっかりと見守っていきたい。



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