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複雑な大統領選、西森マリーが解説!
2020年11月3日に実施される米大統領選挙。トランプ現大統領率いる共和党とリベラルな民主党が政権奪回を争う選挙戦は、その後の世界情勢にも大きく影響するが、米大統領選のルールはかなり複雑だ。そこで、米大統領選を2000年から取材しているジャーナリスト・西森マリーによる、どこよりも分かりやすい解説をお届けしよう。

アメリカ大統領の権限はこんなに大きい
前オバマ政権は、誕生と同時にブッシュ政権時代のエネルギー政策を一掃し、環境に良いとされるグリーン・エネルギー会社に莫大な予算を投入した。中東政策も親イスラエルから親パレスチナ、親イランへ変更され、東欧政策も反ロシアから親ロシアへと180度方向転換。ブッシュ時代に制定された遺産税軽減法も覆された。
そして、オバマ政権からトランプ政権に切り替わった途端、アメリカはオバマ政権が推奨したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)、パリ協定、イラン核合意から離脱。経済政策も、気候変動に関する政策も、外交方針も一転し、中東政策も親イスラエルに戻された。
他の民主主義国家のリーダーとは異なり、アメリカの大統領は様々な権限を持ち、内政も外交政策も大統領が方向性を決めるため、大統領選の成り行きは日本にとっても大きな影響を及ぼす。そこで、「米大統領選ガイド」一回目の今回は、国家の方針を一変できる「アメリカ大統領の権限」を紹介しよう。
米大統領権限1:拒否権
大統領は拒否権を発動して、議会が通した法案を拒否することができる。上院、下院でそれぞれ3分の2以上の票を得られれば大統領拒否権を覆せるが、アメリカ史上、大統領拒否権が覆された例はわずか4パーセントにすぎない。
米大統領権限2:大統領令
議会を通さずに大統領が下す令。言うなれば、中世の王様が下す勅令のようなものだ。
これを止められるのは、最高裁か、大統領(布告した本人か次期、またはそれに続く大統領)、上下両院が阻止案に賛同した場合のみ。しかし、最高裁が大統領令を覆した判例はこれまでに数回ほどしかなく、大統領はその阻止案に対しても拒否権を発動できるため、大統領令を覆せる可能性は非常に低いといえる。
米大統領権限3:政府高官の任命
大統領は各省やその他の政府機関の要職、大使、領事などのポジションに自分が適切だと思う人材を任命する権利を有するため、大統領の意向で国家の上層部のトーンが決まる。
米大統領権限4:最高裁判事、連邦裁判所判事の任命
大統領には最高裁判事、連邦控訴裁判所判事、連邦地方裁判所判事の任命権が与えられているため、大統領が替わると裁判所の憲法解釈法も一変してしまう。大統領から任命された候補は、上院の3分の2の承認がなければ判事にはなれないため、大統領の一存で判事を選べるわけではないが、任命された候補の9割方は承認されている。
オバマ前大統領は、「憲法解釈法は時代の流れによって変わるものだ」と主張する非常にリベラルな二人の判事を任命し、トランプ現大統領はオリジナリスト(憲法制定者の意図を重んじた憲法解釈をする判事)のゴーサッチ判事とカヴァナー判事を最高裁判事に据えた。
アメリカという国は、公立校のカリキュラムや不法移民の権利問題、トランスジェンダーの女性は女性用トイレに入れるのか?という問題、僅差の選挙結果に関する争いまで、ありとあらゆる問題を裁判に持ち込む国だ。そのため裁判を行う判事たちのイデオロギー、つまりは「大統領のイデオロギーが、アメリカ社会全体の方向性を決める」と言っても過言ではないのである。
大統領と異なり、判事たちには任期がない。つまり、判事たちを任命した大統領が任期終了後も、その判事たちの影響力は何十年にも渡って続くため、特に最高裁判事の任命は大統領にとって最も重要な職務と言える。
2016年11月の大統領選でトランプ氏が保守派の票を固めることができたのは、その年の5月に、「私が大統領になったら米最高裁判事にオリジナリストを任命する」と公約し、任命候補のリストを公開したからだ、と言われている。
ちなみに、トランプ大統領は今までに不法移民対策に関する大統領令をいくつも発しているが、その多くはオバマ前大統領が任命した控訴裁判所判事によって一時的に阻止され、最高裁の判決を待っている、という状態だ。
現時点で米最高裁判事は、リベラル派が4人、保守派が4人、浮動票が1人、という構成であり、保守派のトーマス判事は71才、リベラル派のギンズバーグ判事は86才という高齢だ。次の大統領の任期中(2021年〜2025年)に最高裁のバランスが変わる可能性が高いため、今回の大統領選は今後、数十年のアメリカの方向性を決める上でも非常に重要な選挙である。
西森マリー著:
アメリカ大統領選完全ガイドブック:
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